政策支援の全体像 ― 経営承継円滑化法を軸に
後継者不足による廃業の増加は、雇用と地域経済に直結する国家的課題と位置づけられており、日本の事業承継支援は世界的に見ても手厚い政策パッケージとなっています。その法的な軸が「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」です。同法は、事業承継税制(納税猶予・免除)、遺留分に関する民法特例、金融支援、そして所在不明株主に関する会社法特例という4本柱の入り口となる認定制度を定めています。
この法体系の上に、予算措置としての補助金(事業承継・M&A補助金)、全国の事業承継・引継ぎ支援センターによる伴走支援、M&A支援機関登録制度による市場規律が重ねられ、「制度・予算・体制」の三位一体で承継を後押しする構造になっています。
事業承継・M&A補助金 ― 2026年も継続的に公募
承継・M&Aに伴う費用負担を直接軽減するのが、中小企業生産性革命推進事業の「事業承継・M&A補助金」(旧・事業承継・引継ぎ補助金)です。2026年には第14次公募(2026年2月27日〜4月3日)、第15次公募(2026年6月19日〜7月24日受付予定)と、年複数回のペースで公募が続いており、申請は電子申請システム(Jグランツ)に一本化されています。
| 支援枠 | 主な対象者 | 対象経費の例 | 補助上限の目安 |
|---|---|---|---|
| 事業承継促進枠 | 5年以内に親族内・従業員承継を予定する者 | 設備投資、店舗・事務所の改築工事費用 | 800万〜1,000万円程度 |
| 専門家活用枠 | M&Aの買い手・売り手 | 仲介・FA手数料、DD費用、契約関連の専門家費用 | 600万〜800万円程度 |
| PMI推進枠 | M&A後の統合に取り組む者 | PMI専門家費用、統合に伴う設備投資 | 150万〜1,000万円程度 |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 承継・M&Aに伴い廃業を行う者 | 廃業支援費、原状回復費、在庫処分費 | 150万円程度(併用加算あり) |
業界的に重要なのは、専門家活用枠の対象経費が仲介・FA手数料やデューデリジェンス費用に及ぶ点、そしてその利用にM&A支援機関登録制度への登録事業者の関与が求められる点です。補助金が支援機関の登録インセンティブとなり、市場規律の形成と一体で運用されている構図は、この政策パッケージの特徴といえます。
公募実務の面では、賃上げ表明による補助上限の上乗せ、事業計画の実現可能性や承継後の成長投資の内容を重視した審査など、単なる費用補填ではなく「承継を成長の契機にする」政策意図が回次を追うごとに鮮明になっています。申請には認定経営革新等支援機関の確認を要する類型もあり、士業・金融機関にとっては申請支援そのものが新たな業務領域となりました。採択後も実績報告や5年間の事業化状況報告が求められるため、申請から報告までを一気通貫で支援できる体制が支援側の競争力を左右しています。
事業承継税制 ― 特例措置は2027年末の適用期限へ
親族内承継の最大の障壁とされてきた自社株式の相続税・贈与税負担を抜本的に軽減するのが、法人版事業承継税制です。2018年度税制改正で創設された特例措置では、対象株式の全株、納税額の100%が猶予され、一定の要件を満たし続ければ最終的に免除される仕組みとなっており、税負担を実質ゼロにしながら株式を後継者に移転できます。
特例措置の適用には「特例承継計画」を都道府県に提出したうえで、2027年12月31日までに贈与・相続を実行する必要があります。計画の提出期限は税制改正により2026年3月31日まで延長され、期限を前に提出件数が積み上がりました。適用期限が迫る中、業界では「税制の駆け込み承継」が2026〜2027年の親族内承継を押し上げるとの見方が一般的で、期限後の制度の在り方(恒久化・再延長の是非)は税制改正論議の注目テーマとなっています。個人事業主向けには、事業用資産を対象とする個人版事業承継税制も並行して措置されています。
M&A型の承継を後押しする税制
第三者承継(M&A)側にも税制措置が用意されています。代表格が、中小企業事業再編投資損失準備金制度(経営資源集約化税制)です。M&Aで株式を取得した中小企業が、取得価額の一定割合を準備金として積み立てることで損金算入を認めるもので、簿外債務など承継後に顕在化するリスクに備えながら買収を実行しやすくする設計になっています。複数回のM&Aで成長を目指す企業への積み増し措置も講じられており、補助金と併せて「買い手側の背中を押す」政策が層を厚くしています。
実務上の留意点:納税猶予はあくまで「猶予」であり、雇用維持や株式継続保有などの要件を外れると猶予税額の納付が必要になります。長期にわたる要件管理が必要なため、税理士業界では専門チームによる継続モニタリングサービスが広がっています。
経営者保証改革と金融支援 ― 承継の心理的障壁を下げる
後継者候補が承継をためらう理由の筆頭に挙げられてきたのが、金融機関借入に対する経営者個人保証の引き継ぎです。「経営者保証に関するガイドライン」とその事業承継特則は、前経営者と後継者からの保証の二重徴求を原則禁止し、一定の要件を満たす場合には保証に依存しない融資を促しています。2023年以降は金融機関に保証徴求時の説明義務が課され、監督指針にも組み込まれたことで、無保証融資の比率は着実に上昇してきました。
保証改革の効果は統計にも表れており、後継者候補へのアンケートでは、承継をためらう理由としての個人保証の順位が着実に低下してきたと報告されています。承継の意思決定は経済合理性だけでなく心理的負担に大きく左右されるだけに、「個人保証が理由で承継を諦める」ケースを減らす制度環境の整備は、承継件数の底上げに直結する改革として業界から高く評価されています。
また、経営承継円滑化法の認定を受けることで、日本政策金融公庫の特別融資や信用保証協会の保証枠の別枠化といった金融支援を利用できます。株式買取資金や相続税納税資金など、承継に固有の資金需要に対応するもので、従業員承継(MBO・EBO)における買取資金調達の定番メニューとなっています。M&Aの買収資金についても、公庫や民間金融機関の融資、日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」などが整備され、個人による小規模買収にも資金調達の道が開かれています。
制度活用の現況と論点
これらの支援策は単独ではなく、組み合わせて使われるのが実務の標準形です。たとえば第三者承継では、事業承継・引継ぎ支援センターの無料相談で方向性を固め、登録支援機関と契約して専門家活用枠の補助金を申請し、成約後はPMI推進枠で統合費用を補助するという「フルコース活用」が可能な設計になっています。親族内承継でも、特例承継計画の提出、円滑化法認定による金融支援、事業承継促進枠の設備投資補助を重ねる事例が増えています。
一方で論点も残ります。第一に、制度の複雑さです。枠や要件が公募回次ごとに変動するため、中小企業が独力で最適な組み合わせを判断するのは難しく、支援側の情報格差がそのまま活用格差につながっています。第二に、予算措置である補助金の持続性、第三に、事業承継税制の期限後の制度設計です。承継ニーズが2035年頃まで高水準で続くと見込まれる以上、政策支援の安定性は業界の中期的な関心事であり続けます。
本ページの要点:支援は経営承継円滑化法を軸に「税制・補助金・金融・体制」の四層構造。事業承継・M&A補助金は2026年も第14次・第15次と公募が続き、事業承継税制の特例措置は2027年12月末の適用期限に向けて活用が加速しています。