事業承継M&Aは2年連続で過去最多を更新
日本の事業承継・スモールM&A市場は、いま歴史的な拡大局面にあります。M&A調査機関であるレコフデータの集計によると、事業承継を目的としたM&Aの件数は2025年に1,028件(前年比+11.4%)に達し、2年連続で年間最多を更新しました。日本企業が関わるM&A全体の件数も4,000件を大きく超える水準で推移しており、その中でも中小企業の事業承継を背景とした案件の伸びが際立っています。
背景には、日本のM&A市場全体の活況もあります。上場企業による事業ポートフォリオの見直し、プライベート・エクイティ(PE)ファンドの投資拡大、円安を追い風とした海外勢の参入などにより、日本企業が関わるM&Aは金額・件数ともに歴史的な高水準にあります。その中で、事業承継型のM&Aは景気変動の影響を受けにくい「構造需要」として位置づけられており、金融機関・士業・コンサルティング業界が中期経営計画の重点分野に掲げる例が相次いでいます。M&A仲介の専業大手が東証プライム市場に複数上場し、高い利益率を維持していることも、この市場の産業としての厚みを物語っています。
この数字は、あくまで公表ベースで捕捉されたM&Aに限られる点に注意が必要です。譲渡金額が数百万円から数千万円規模の「スモールM&A」や「マイクロM&A」の多くは非公表で成立するため、オンラインマッチングプラットフォーム経由の成約なども含めた実際の承継型M&Aの総数は、統計に表れる件数の数倍規模に達するとみられています。事業承継・引継ぎ支援センター(全国48カ所)の相談件数も年間2万件を超える高水準が続いており、「会社を売る・買う」という選択肢が中小企業経営者にとって一般的なものになったことを示しています。
後継者不在率62.6% ― 統計が示す構造的な担い手不足
市場拡大の最大の要因は、いうまでもなく後継者不足です。東京商工リサーチの2025年調査では、全国の後継者不在率は62.60%と前年から0.45ポイント上昇しました。特に代表者が高齢の企業ほど不在率の上昇が顕著で、承継準備が間に合わないまま経営者が引退年齢を迎えるケースが増えています。一方、帝国データバンクの2024年調査では全国の不在率は52.1%と、調査手法によって水準は異なるものの、いずれの統計でも「2社に1社以上で後継者が決まっていない」という構造は共通しています。
注目すべきは、後継者不足が単なる「人がいない」問題ではなくなっている点です。子どもがいても家業を継がせない・継ぎたがらないという価値観の変化、個人保証(経営者保証)への忌避感、業界の先行き不安などが複合的に作用し、親族内承継の比率は長期的に低下を続けてきました。その受け皿として存在感を高めているのが、第三者への承継、すなわち事業承継M&Aです。詳しい類型の変化は事業承継の3類型のページで解説しています。
経営者の高齢化と「大廃業時代」のリスク
経済産業省・中小企業庁はかねてより、2025年までに経営者が70歳を超える中小企業・小規模事業者が約245万者に達し、そのうち約半数の約127万者で後継者が未定になるとの推計を示してきました。この状態を放置すれば、廃業の急増により約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるおそれがあるとされ、いわゆる「2025年問題」「大廃業時代」として広く知られるようになりました。
実際に、休廃業・解散する企業の件数は近年6万件台の高水準で推移しており、その過半は直前期に黒字だったとされています。つまり、事業として存続可能であるにもかかわらず、担い手がいないという理由だけで市場から退出する企業が大量に存在しているのです。地域のサプライチェーンを支える町工場、商圏の生活インフラである小売・サービス業、独自技術を持つ専門企業が黒字のまま消えることは、地域経済にとって単純な数字以上の損失をもたらします。
「後継者難」倒産・廃業の増加
後継者難を直接の原因とする倒産も年間500件前後の高水準で推移しています。代表者の急逝や体調悪化を契機に事業継続が不可能になるケースが典型で、承継準備の「先送り」が最大のリスク要因であることが統計からも読み取れます。金融機関や支援機関が経営者に対して承継計画の早期策定を促す「プッシュ型」の働きかけを強めている背景には、こうした危機感があります。
地域差・業種差という視点
後継者不足の深刻度には、明確な地域差と業種差があります。地域別では、若年人口の流出が続く地方圏ほど不在率が高く、都市部との差は拡大傾向にあります。地域金融機関や自治体が事業承継支援を地方創生策の柱に据えるのはこのためです。業種別では、建設業、運輸業、小売業、旅館・飲食などの労働集約型産業で不在率が高い一方、これらの業種は人手不足を背景とした「人材獲得型M&A」の主要な対象でもあり、承継需要と買収需要が重なる領域として支援機関の注目を集めています。つまり後継者不足が深刻な業種ほど、スモールM&A市場としての成長余地も大きいという構造が生まれています。
業界プレイヤーの構造 ― 多層化する支援エコシステム
市場の拡大に伴い、事業承継・スモールM&Aを支えるプレイヤーの構造も多層化しています。従来は大手・中堅のM&A仲介会社と金融機関が中心でしたが、現在ではオンラインマッチングプラットフォーム、士業ネットワーク、公的支援機関、PEファンドやサーチファンドまで、案件規模と目的に応じた棲み分けが進んでいます。中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」には仲介・FA(ファイナンシャル・アドバイザー)合わせて3,000者近くが登録しており、支援の裾野は大きく広がりました。
| プレイヤー | 主な対象規模 | 特徴・役割 |
|---|---|---|
| 大手M&A仲介会社 | 譲渡価格 数千万円〜数十億円 | 専任コンサルタントによる両手仲介が中心。上場企業を含む専業大手が市場を牽引 |
| オンラインマッチングPF | 数百万円〜数億円 | 売り手・買い手が直接交渉。低コストでスモールM&Aの主要チャネルに成長 |
| 金融機関(銀行・信金) | 取引先全般 | 取引先ネットワークを生かした案件発掘・紹介。地域金融機関の重点業務に |
| 士業・会計事務所 | 小規模案件中心 | 税務・法務の専門性を軸に、顧問先の承継相談の一次窓口を担う |
| 事業承継・引継ぎ支援センター | 小規模・マイクロ案件 | 全国48カ所の公的窓口。無料相談と後継者人材バンクを運営 |
| PEファンド・サーチファンド | 数億円〜 | 承継後の経営体制まで含めた資本参加。個人による承継の新潮流も |
プレイヤー間の競争が激しくなる一方で、手数料体系の不透明さや不適切な仲介行為が問題視される場面も増えており、中小M&Aガイドラインの改訂や業界団体による自主規制の強化が進んでいます。この論点は課題と将来展望のページで詳しく取り上げます。
2035年頃まで続く拡大局面 ― 市場の見通し
今後の見通しについて、業界関係者の見方はおおむね一致しています。団塊世代に続き、経営者数のボリュームゾーンである団塊ジュニア世代が引退期を迎える2035年頃までは、事業承継ニーズに支えられたM&A件数の増加が続くという見方です。経営者の平均年齢はすでに60歳を超えて上昇を続けており、承継の「予備軍」は今後10年間にわたって供給され続けます。
同時に、市場の質的な変化も進むとみられます。第一に、案件の小型化です。オンラインプラットフォームの普及により、従来は仲介の対象にならなかった年商数千万円規模の企業や個人事業の承継が市場に乗るようになりました。第二に、買い手の多様化です。同業の中小企業による水平統合に加え、異業種企業の多角化、個人による「個人M&A」、サーチファンドを通じた経営人材の参入が広がっています。第三に、公的支援の拡充です。事業承継・M&A補助金や事業承継税制といった政策支援が、承継の経済的ハードルを下げ続けています。
本ページの要点:事業承継M&A件数は2025年に1,028件と2年連続過去最多。後継者不在率は62.6%に上昇し、黒字廃業リスクが市場拡大の根本要因。支援プレイヤーは多層化し、2035年頃までは拡大局面が続く見通しです。