過去最多を更新し続ける事業承継M&A市場
日本の事業承継・スモールM&A市場は、いま歴史的な拡大局面にあります。M&A調査機関のレコフデータの集計によると、事業承継を目的としたM&Aの件数は2025年に1,028件(前年比+11.4%)に達し、2年連続で年間最多を更新しました。かつては「会社を売る」という選択に後ろ向きな受け止め方も少なくありませんでしたが、いまや事業承継M&Aは中小企業経営者にとって現実的な選択肢の一つとして定着しつつあります。
この1,028件という数字は、あくまで公表ベースで捕捉されたM&Aに限られる点に留意が必要です。譲渡金額が数百万円から数千万円規模のスモールM&Aやマイクロ案件の多くは非公表で成立するため、オンラインマッチングプラットフォーム経由の成約なども含めた実際の承継型M&Aの総数は、統計に表れる件数の数倍規模に達するとみられています。全国48カ所に設置された事業承継・引継ぎ支援センターの相談件数も年間2万件を超える高水準が続いており、市場の裾野は年々広がっています。
本稿では、なぜ事業承継M&Aがこれほどまでに件数を伸ばし続けているのかを、需要側・意識面・環境面の3つの構造要因に整理して読み解きます。そのうえで、多くの専門家が一致して指摘する2035年頃までの拡大見通しと、この局面で経営者が備えておくべき論点を確認します。
なぜ増え続けるのか ― 3つの構造要因
事業承継M&Aの拡大は、一時的な景気変動によるものではありません。背景には、日本の産業構造そのものに根ざした持続的な要因があります。ここでは市場拡大を支える力を、需要の源泉である「後継者不足」、意思決定を後押しする「価値観の変化」、そして選択を容易にする「支援環境の整備」の3つに分けて整理します。
要因1:構造的な後継者不足
最大の要因は、いうまでもなく後継者不足です。東京商工リサーチの2025年調査では、全国の後継者不在率は62.6%と前年から上昇し、2社に1社以上で後継者が決まっていない状況が続いています。経済産業省・中小企業庁は、経営者が70歳を超える中小企業のうち約半数で後継者が未定であり、放置すれば多くの雇用と国内総生産が失われかねないと警鐘を鳴らしてきました。休廃業・解散に至る企業は近年6万件台の高水準で推移し、その過半は直前期に黒字だったとされます。事業として存続できるにもかかわらず担い手がいないという理由だけで退出する企業を、第三者への承継でつなぐことへの社会的な期待が、市場拡大の土台となっています。
要因2:経営者の価値観の変化
第二の要因は、経営者自身の意識の変化です。以前は「会社は親族に継がせるもの」という前提が強く、M&Aによる第三者承継には抵抗感が根強く残っていました。しかし、子どもに経営リスクや個人保証(経営者保証)を負わせたくないと考える経営者が増え、従業員の雇用と取引先を守るための現実的な手段としてM&Aを前向きに捉える見方が広がっています。M&A仲介専業の大手が東証プライム市場に複数上場し、テレビCMなどで「事業承継=M&A」という選択肢が広く知られるようになったことも、心理的なハードルを下げる要因となりました。
要因3:支援環境の整備
第三の要因は、承継を後押しする制度とインフラの整備です。中小企業庁のM&A支援機関登録制度には仲介・FA(ファイナンシャル・アドバイザー)を合わせて多数の事業者が登録し、支援の担い手が大きく増えました。オンラインのマッチングプラットフォームが普及したことで、従来は仲介の対象になりにくかった小規模な案件も市場に乗るようになっています。さらに、事業承継・M&A補助金や事業承継税制といった政策支援が、承継にかかる費用や税負担というハードルを引き下げ続けています。これらの環境整備が、後継者不足という需要を実際のM&A成約へと結び付けているのです。
承継手段の主役交代 ― 親族内から第三者へ
これら3つの要因が重なり合った結果として、事業承継の手段そのものにも大きな変化が生じています。かつては親族内承継が中心でしたが、現在では従業員承継や第三者への承継(M&A)の比率が高まり、承継の主役が交代しつつあります。中小企業白書などの分析でも、経営者交代を実現した企業のうち、親族以外への承継が占める割合が長期的に上昇していることが示されています。
この変化は、単に「誰が継ぐか」という問題にとどまりません。第三者への承継が広がることで、これまで地域内で完結していた事業のバトンが、業種や地域を越えて引き継がれるようになりました。人手不足に悩む企業が人材や技術ごと事業を引き受ける「人材獲得型M&A」や、異業種企業が新規事業として承継案件を取得する動きも活発です。承継は「終わらせないための後ろ向きの手段」から、「事業を成長させるための前向きな戦略」へと位置づけを変えつつあります。
2035年まで続く拡大局面と備えるべき論点
今後の見通しについて、業界関係者の見方はおおむね一致しています。団塊世代に続き、経営者数のボリュームゾーンである団塊ジュニア世代が引退期を迎える2035年頃までは、事業承継ニーズに支えられたM&A件数の増加が続くという見方です。経営者の平均年齢はすでに60歳を超えて上昇を続けており、承継の「予備軍」は今後10年以上にわたって供給され続けます。市場としては、案件の小型化、買い手の多様化、公的支援の拡充という質的な変化も同時に進むとみられます。
もっとも、市場の拡大は良い側面ばかりではありません。件数の急増に伴い、手数料体系の不透明さや一部の不適切な仲介行為が問題視される場面も増えています。中小M&Aガイドラインの改訂やM&A仲介協会による自主規制の強化はその表れであり、支援機関を選ぶ際には登録制度への加入状況や契約条件を丁寧に確認する姿勢が求められます。売り手となる経営者にとっては、企業価値評価の考え方を理解し、譲渡後の従業員や取引先への影響(PMI)まで見据えて準備を進めることが、納得のいく承継への近道となります。
本記事のまとめ:事業承継M&Aは2025年に1,028件と2年連続で過去最多を更新しました。拡大の背景には、構造的な後継者不足・経営者の価値観の変化・支援環境の整備という3つの要因があります。承継の主役は親族内から第三者へと移りつつあり、2035年頃までは拡大局面が続く見通しです。経営者は早めに情報を集め、信頼できる支援機関とともに準備を進めることが重要です。
事業承継市場の全体像は市場動向のページで、承継手段ごとの特徴は事業承継の3類型のページで、それぞれさらに詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
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